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Guadalcanal - Solomon

 連合国である米国と濠洲の分断を考えた日本軍は、パプアニューギニア・ポートモレスビーを攻略することを計画し、その拠点として、ソロモン諸島の首都であったツラギを1942年5月に占領、水上機基地を設営した。更には、ガダルカナル島(以降ガ島)に飛行場を建設したが、飛行場完成直後の8月に米軍がガ島に上陸し飛行場は奪取されてしまった。この飛行場を中心に、凄惨を極める戦いが翌年2月に日本軍が撤退するまで繰り広げられる。

陸上では兵站の維持が難しく、食糧や弾薬が欠乏した「ガ島」を日本兵は「餓島」(飢餓する という意味から)と呼ぶようになった。また海上でも幾多の海戦が繰り広げられ、日米両軍は多くの艦艇を失った。

​鉄底海峡(アイアンボトムサウンド)と呼ばれるガダルカナル島とツラギ島の間の海域には多くの艦船が眠っているが、水深が深いものが多く実際にアプローチできるレックはそう多くはない。

<日本からのアクセス>2018年現在

日本 → ポートモレスビー → ホニアラ(ニューギニア航空)

Special Thanks / PNG ジャパン

http://png-japan.co.jp/

​ガダルカナル島(ソロモン諸島)

kinugawa maru

鬼怒川丸